抹茶バターケーキの茶の環
誕生秘話
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第3話 伝説を創りだすパティシエ 山川良廣

神戸の洋菓子店「アンテノール」が目を見張る勢いで不動のブランドへと成長していくサクセスストーリーは山川氏が主人公でした。
初代シェフになった山川氏は、店を有名にするための破天荒なチャレンジを思いつきます。

 

「社長に『1年間だけショートケーキとシュークリームのないお店をやっていいですか?』って聞いたんですよ。普通考えられないでしょう。
今の時代ならわかりますが、30年前の当時はショートケーキとシュークリームがケーキの代表みたいな時代でしたからね。
でも社長は一瞬考えて『よし、やろう』と言った。 それから、普通の街のケーキ屋さんには並んでいないような、フリルのチョコレートを小さく飾ったものやパニエというクッキー生地で籠を作ってフルーツを盛ったもの・・・・とにかく手間のかかるお菓子ばかりつくりました。
1個400円、450円だったので『高いケーキ屋さんだ』とも言われた。神戸北野町の北野坂の途中にあったこともあって、とにかくいろんなメディアで取り上げられました」

 

高級グラビア誌「婦人画報」や「ヴァンサンカン」にも掲載され、知名度は急上昇、有名デパートへの出店、売り上げの倍増へと導いていきました。

 

 

そしてそのアンテノールでは1日100個を売る「パニエ」を創ります。
大阪中の洋菓子店がこぞって真似をした大ヒット作です。
その手腕を買われ、ホテル日航大阪 初代製菓シェフ、続いてホテルグランヴィア京都 初代製菓料理長に就任。
有名洋菓子店 マールブランシュではメープルシロップパイというリーフパイの商品ラインナップを完成させ、売り上げを一挙に10倍以上にまで伸ばしました。

 

「みんな僕が行くとたくさん売れるようになるという期待があるようでした。でも急にそうなるわけではなくて・・・社員全員がそういう気持ちになったときに初めて売り上げがアップします。お菓子作りには工場生産と手で作る生産の2つあります。有名洋菓子店は手作りばかりかと思っていたら、実は工場生産も多いから入社して夢破れる若いスタッフもいるんだけど、そんな子達に僕は『工場で作るのも手で作るのも一緒だよ、ただ量が多くなるだけでね』と言うんです」

 

一から十まですべて手作業でつくるケーキも、レシピを元に工場で作るスイーツも、どちらも人の目と手が加わり愛情を注ぐことが大事なのだそうです。
今もその実力を買われ、多くの企業から様々なプロデュースの依頼が後を絶ちません。

 

 

かつて様々な洋菓子店で華々しい伝説を創り出した熟練パティシエは、自分の理想のスイーツを思うがままに創りたいと、京都府・宇治駅にほど近い場所で自らのお店「パティスリー山川」をオープンしました。オーナーシェフとして店にたち、自らデセール(皿盛りのデザート)を創ってお客さまにその場で召し上がっていただくという夢を叶えたのでした。
生まれ故郷である宇治は日本一の茶所。「パティスリー山川」の看板商品として、日本一美味しい抹茶を使ったスイーツを目指し創りだしたのが「抹茶フリアン」。
抹茶とスイーツの相性をとことん追求する山川氏の抹茶スイーツは、抹茶の個性を上手に生かした絶品だと茶の環は思いました。
洋菓子と抹茶、その二つを知り尽くした熟練のパティシエ、山川氏だからこそ茶の環の「日本一の抹茶スイーツ」創りの願いを理解してもらえるのではないか。
お茶を愛し、偽物ではない本物のお茶の美味しさが感じられる美味しいスイーツを。茶の環と山川氏は、志を同じくしたのです。
そうして、茶の環の「熟練パティシエの黄金抹茶フィナンシェ」は生まれたのでした。
焼き菓子なのに、中は驚くほどの鮮やかなグリーン。着色料を使わず、香りも飛ばさず、なのにここまで抹茶の香味を生かし美味しさを高めたお菓子は今までなかったのではないでしょうか。

 

茶の環を支える匠の一人として、信頼という絆で結ばれた山川氏。これからも人々に驚きと幸せをもたらすスイーツを創り続けます。

 

1948年
京都府宇治市に生まれる
1966年
名門ゴルフクラブ・「城陽カントリー倶楽部」 レストラン部就職フランス料理の道を歩み始める
1972年
高輪プリンスホテル 製菓調理の世界へ導かれる
1976年
大阪プラザホテル 製菓調理 日本ホテルベーカー界の基礎を築いたといわれる重鎮・故 安井寿一氏に師事し、菓子作りに対する姿勢《菓子哲学》を学び取る
1979年
神戸の洋菓子店 アンテノール 初代製菓シェフ 就任それまでの常識を覆す美しいケーキが爆発的に人気を呼び、「山川アンテノール」として不動の地位を確立する
1982年
ホテル日航大阪 初代製菓シェフ 就任
1984年  ~1986年
ヌーベル・パティスリー・デュ・ジャポン フランス菓子研究会 において代表を務める
1996年
ホテルグランヴィア京都 初代製菓料理長 就任
2001年
マ-ルブランシュ 統括製造部長 就任
2004年
自らの店「パティシエ 山川」 を 京都府宇治市にオープン
現在はオーナーシェフの傍ら、各企業・流通向けのデザートなどの商品開発やそれにともなうプロデュースなど幅広く活躍中
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